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岐阜地方裁判所 平成11年(行ウ)25号 判決 2000年8月24日

原告

被告

岐阜北税務署長 木村洋二

右指定代理人

川口直樹

伊与田久

西尾一義

安藤正人

山崎俊二

服部光孝

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対して平成一〇年二月二七日付けでした相続税の更正処分(以下「本件更正処分」という。)のうち、課税価格八億三二九九万三〇〇〇円、納付すべき税額一億四八七〇万一七〇〇円を超える部分、及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい、本件更正処分と本件賦課決定処分を併せて「本件各処分」という。)のうち、一〇〇〇円を超える部分の各取消しを求める。

第二事案の概要

本件は、原告が、相続税の申告をしたところ、被告が本件各処分をしたのに対し、相続財産である建物の価額の評価に当たって、被告が右建物に前所有者の租税債務に係る差押等がなされていることを考慮しなかったのは違法であるなどとして、本件各処分の取消しを求めた事案である。

一  関係法令等の定め

(評価の原則)

相続税法二二条 この章で特別の定のあるものを除く外、相続、遺贈又は贈与に因り取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価により、当該財産の価額から控除すべき債務の金額は、その時の現況による。

(評価の原則)

相続税財産評価に関する基本通達(昭和三九年四月二五日国税庁長官から国税局長あて。以下「評価基本通達」という。)1 財産の評価については、次による。

(1) 評価単位

財産の価額は、第二章以下に定める評価単位ごとに評価する。

(2) 時価の意義

財産の価額は、時価によるものとし、時価とは、課税時期において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいい、その価額は、この通達の定めによって評価した価額による。

(3) 財産の評価

財産の評価に当たっては、その財産の価額に影響を及ぼすべきすべての事情を考慮する。

(この通達の定めにより難い場合の評価)

評価基本通達6 この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。

(家屋の評価)

評価基本通達89 家屋の価額は、その家屋の固定資産税評価額に別表1(耕作権割合等一覧表《家屋の固定資産税評価額に乗ずる割合は一・〇とされている。》)に定める倍率を乗じて計算した金額によって評価する。

(貸家の評価)

評価基本通達93 借家権の目的となっている家屋の価額は、89又は前項の定めにより評価したその家屋の価額から次項の定めにより評価したその家屋に係る借家権の価額を控除した金額によって評価する。

(借家権の評価)

評価基本通達94 借家権の価額は、89又は92の定めにより評価したその借家権の目的となっている家屋の価額に国税局長の定める割合を乗じて計算した金額によって評価する。

二  争いのない事実等

1  当事者

原告は、平成六年一一月二〇日に死亡した乙の共同相続人の一人である。

2  本人訴訟に至る経緯

(一) 原告は、平成七年七月一九日に、被告に対し、別表1「課税処分の経緯」の「当初申告」の項中の「課税価格」及び「納付すべき税額」欄記載のとおりの内容で相続税の申告をした。

(二) その後、原告は、同年一一月二〇日に、被告に対し、同表の「更正請求」の項中の「課税価格」及び「納付すべき税額」欄記載のとおりの内容で更正の請求をした。

これに対し、被告は、同月二四日付けで、原告に対し、同表の「更正の請求による減額更正」の項中の「課税価格」及び「納付すべき税額」欄記載のとおりの内容で減額更正処分をした。

(三) 次いで、被告は、平成一〇年二月二七日付けで、原告に対し、同表の「更正及び賦課決定」の項中の「課税価格」及び「納付すべき税額」欄記載のとおりの内容で本件更正処分を、同項中の「過少申告加算税」欄記載のとおりの内容で本件賦課決定処分をそれぞれした。

(四) 原告は、同年四月二二日付けで、被告に対し、本件各処分に対する異議申立てをした。

しかし、原告は、同年七月九日付けで、右異議申立てを棄却する旨の決定をした。

(五) 原告は、右決定を不服として、同年八月六日付けで、国税不服審判所長に対し、審査請求をした。

しかし、国税不服審判所長は、平成一一年九月二七日付けで、右審査請求を棄却する旨の裁決をした。

(六) 原告は、同年一〇月四日に、右裁決に係る裁決書謄本の送達を受け、同年一二月二四日に、本件訴えを提起した。

三  本件各処分において算出された金額に関する被告の主張

1  本件更正処分について

(一) 被相続人の相続財産 九億二六六五万一二八四円

右金額は、次の(1)ないし(6)の価額の合計額である。

(1) 土地の価額 八億三九八六万五一〇一円

(2) 家屋・構築物の価額 三八七八万四六七九円

右金額は、原告の申告に係る二五九万二八二四円に、別表2「事績書財産明細表」の「建物」のうちの「貸家」の項中の「<2> 調査額」欄記載の三六一九万一八五五円を加えたものである。

右「<2> 調査額」欄記載の金額は、別表3の「本件建物」を評価基本通達に基づく財産評価基準書の評価倍率を適用して算出したものである。

(3) 有価証券の価額 一〇一万六五〇〇円

(4) 現金・預貯金等の価額 二二五四万〇〇〇四円

(5) 家庭用財産の価額 二〇万〇〇〇〇円

(6) その他の財産の価額 二四二四万五〇〇〇円

(二) 債務及び葬式費用の金額 四二一万二六四三円

(三) 課税価格及び納付すべき税額

被相続人の相続財産に係る課税価格の総額は、右(一)の金額九億二六六五万一二八四円から、右(二)の金額四二一万三六四三円を控除して算出した金額であり、九億二二四三万七〇〇〇円(国税通則法一一八条一項により、千円未満の端数を切り捨てた後の金額)となる。

そして、納付すべき税額は、別表4「課税価格等の計算」のとおり、二億〇三七七万七六〇〇円(国税通則法一一九条一項により、一〇〇円未満の端数を切り捨てた後の金額)となる。

そうすると、被告の主張に係る納付すべき税額は、本件更正処分に係る納付すべき税額と同額であるから、本件更正処分は適法である。

2  本件賦課決定処分について

本件更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が更正処分前の税額の計算の基礎とされなかったことについて、国税通則法六五条四項に規定する正当な理由があるとは認められないことから、同条一項に基づいて過少申告加算税の額を計算すると、一二九万九〇〇〇円(国税通則法一一八条三項により、一万円未満の端数を切り捨てた後の金額に一〇〇分の一〇を乗じた金額)となる。

そうすると、被告の主張に係る過少申告加算税額は、本件賦課決定処分に係る額と同額であるから、本件賦課決定処分も適法である。

四  争点

相続税法二二条の「時価」の解釈

(争点に関する当事者の主張)

1 被告

相続税法二二条は、特別に定める場合を除き、当該財産の取得の時における時価によるべきである旨規定している。そして、相続財産の評価に当たっては、特別の定めのある場合を除き、評価基本通達に定める方式によるのが原則であり、右方式によらないことが相当と認められる特別の事情のある場合に限り、他の合理的な時価の評価方式によることが許されるものと解するのが相当である。

本件建物は借家権の目的となっているので、評価基本通達89、93及び94並びに名古屋国税局長による平成六年分財産評価基準書(以下「評価基準書」という。乙二)の定めに従って、本件建物の価額を評価すると、三六一九万一八五五円となる。

(計算式)

5170万2650円×1.0×(1.0/0.3)=3619万1855円

一方、本件建物の平成三年度ないし平成九年度の固定資産税評価額(詳細は別表5のとおり。)の平均は、五三三七万二〇七四円であり、借家権割合を控除した後の本件建物の価額は、三六六六万〇四五一円となる。

このように、被告が評価基本通達及び評価基準書に従って算出した評価額は、固定資産税評価額の平均値をもとに計算した価額を若干下回る程度であり、時価を適正に求めたものといえるから、本件建物の評価において、評価基本通達に定める方式によらないことが相当と認められる特別の事情はなく、本件建物の評価額は三六一九万一八五五円とみるべきである。

2 原告

評価基本通達1(3)は、財産の評価に当たっては、その財産の価値に影響を及ぼすべきすべての事情を考慮する旨規定しているところ、本件建物には甲区弐ないし五番に株式会社Aの租税債務に係る差押等があり、差押は、当該財産について法律上又は事実上の処分を禁止する効力を有し、しかも、差押を受けた財産は、社会通念上、売買に適さない物又は価値のない物として広く一般に認識されるから、このような財産をあえて売買しようとするときは、差押の存在が売買価格に大きな影響を与えることは明らかである。

したがって、本件建物の評価に当たっては、評価基本通達に定める方式によらないことが相当と認められる特別の事情がある場合といえ、本件建物は、評価基本通達6にいう「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産」に当たるものとして評価すべきである。

そうすると、本件建物を換価するためには、差押に係る租税債務に相当する額の値引きが必要であり、その金額は、被告主張に係る評価額を超えるから、本件建物の評価額は〇円とみるべきである。

第三当裁判所の判断

一  前記争いのない事実等に、証拠(甲一、二、四の1ないし6)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下のとおりの事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

1  別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)はAがもと所有していた。

2  本件建物については、平成元年九月二二日受付により、同月二一日岐阜北税務署差押を原因として、債権者大蔵省の差押登記がなされている。

また、平成元年一〇月一七日受付により、同日岐阜県税事務所参加差押を原因として、債権者岐阜県の参加差押登記が、同年一一月二二日受付により、同日山県郡高富町参加差押を原因として、債権者山県郡高富町の参加差押登記が、平成三年一月二二日受付により、同日山県郡高富町参加差押を原因として、債権者山県郡高富町の参加差押登記がそれぞれなされている(以下、これらの差押及び参加差押を併せて「本件差押等」という。)。

3  Aは、乙との間で、平成三年四月八日、本件建物の売買契約を締結した。

本件建物については、平成三年四月九日受付により、同月八日売買を原因として、権利者乙の所有権移転仮登記がなされている。

4  乙は、平成六年一一月二〇日に死亡した。原告は、乙の共同相続人の一人であり、本件建物その他の財産を相続した(以下、この相続を「本件相続」という。)。

右相続の開始時点における本件差押等に係る租税債務の金額は、三七五九万八三〇〇円(なお、延滞金は別途加算される。)であるが、右時点において、公売その他滞納処分による売却のための手続が進行していた事実はない。

二  ところで、相続税法二二条は、この章で特別の定めのあるものを除くほか、相続により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価による旨規定し、評価基本通達1(2)は、時価とは、相続により財産を取得した日において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいい、その価額は、この通達の定めによって評価した価額によると定めているが、同6によれば、この定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価するものとされている。

相続税法及び評価基本通達の右規定は、相続により取得した財産の時価を客観的に評価するのには困難が伴うことにかんがみ、統一的な評価方法を定めることにより、納税者間の課税上の公平を図るとともに、納税者の便宜に供し、かつ、徴収費用の節約に資することとしたものと解される。右趣旨に照らすと、相続により取得した財産の評価に当たっては、特別の定めのあるものを除き、評価基本通達の定めによるのを原則とすべきであるが、右定めによって評価するとかえって納税者間の課税上の公平を害するなど、評価基本通達の定めによらないことが相当と認められる特別の事情がある場合には、他の合理的な評価方法によることが許されるものと解するのが相当である。

三  本件において、原告は、本件建物の評価に当たり、評価基本通達の定めによらないことが相当と認められる特別の事情がある旨主張する。

そこで、検討するに、前記認定の事実によれば、本件建物には本件差押等がなされていること、しかし、本件相続の開始時点において、本件建物につき、公売その他滞納処分による売却のための手続が進行していた事情はないことが認められ、また、証拠(乙三)及び弁論の全趣旨によれば、Aは、本件建物のほか、数筆の土地及び数箇の建物を所有し、本件差押等に係る租税債務については、本件建物のみならず、右土地建物にも差押等の処分がなされていることがうかがわれる(乙三・三(1)イ(ハ))。これらの事実にかんがみると、本件相続の開始時点において、本件建物が公売その他滞納処分による売却に付され、又は、原告がAに代わって本件差押等に係る租税債務を弁済しなければ、本件建物の所有権を直ちに喪失するというような具体的状況があったとはいえず、このような場合にまで、差押等の存在が財産の市場における流通性を失わせ、また売買価格に多大な影響を及ぼすものとは直ちに断じ難いから、本件差押等がなされていることのみをもって、本件建物の評価に当たり、これを減額要素として考慮しなかったことが違法であるとはいえない。

その他、本件において、評価基本通達の定めによって評価すると、かえって納税者間の課税上の公平を害するなどという、右定めによらないことが相当と認められる特別の事情があるとは認められない。

四  そうすると、本件建物の評価に当たっては、評価基本通達の定めによるのが相当であるところ、弁論の全趣旨によれば、本件建物は、本件相続の開始時点において、借家権の目的となっていたことが認められるから、評価基本通達89、93及び94並びに評価基準書の定めに従って本件建物の価額を評価すると、前記第二、四1記載の計算式のとおり、三六一九万一八五五円となる。

これを前提にすると、前記第二、三1(三)のとおり、被相続人の相続財産に係る課税価格の総額は九億二二四三万七〇〇〇円になり、原告が納付すべき税額は二億〇三七七万七六〇〇円となるから、これと同額でなされた本件更正処分は適法である。

また、これに伴い前記第二、三2のとおりになされた本件賦課決定処分も、同様に適法である。

五  結論

よって、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中村直文 裁判官 倉澤千巌 裁判官 中川博文)

物件目録

(主たる建物)

所在  山県郡高富町大字大桑字深田

家屋番号

種類  事務所

構造  鉄骨造スレート葺二階建

床面積 一階 一五九・九七平方メートル

二階  八二・二七平方メートル

(附属建物)

符号  1

種類  車庫

構造  鉄骨造・亜鉛メッキ鋼板葺平家建

床面積 二二〇・九五平方メートル

符号  2

種類  倉庫

構造  鉄骨造・亜鉛メッキ鋼板葺平家建

床面積 三九九・四一平方メートル

別表1

課税処分の経緯

<省略>

別表2

事績書財産明細表

<省略>

別表3

本件建物

<省略>

別表4

課税価格等の計算

<省略>

別表5

本件建物の固定資産税評価額(平成3年度ないし平成9年度)

<省略>

更正決定

原告 甲

被告 岐阜北税務署長

右当事者間の当庁平成一一年(行ウ)第二五号相続税更正処分取消請求事件について、平成一二年八月二四日当裁判所が言い渡した判決に明白な誤りがあるから、職権により次のとおり決定する。

主文

右判決中二〇頁六行目及び同九行目に「乙三」とあるのを「甲二」とそれぞれ更正する。

平成一二年八月二八日

岐阜地方裁判所民事第一部

裁判長裁判官 中村直文

裁判官 倉澤千巌

裁判官 中川博文

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